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2018年12月18日 (火)

2018年12月18日 (火)

日本に小籠包を紹介した店「新亜飯店」とリンリンランラン「留園」の関係?

さてさて、浜松町!! お、大門に増上寺、そして東京タワーが見えちゃったら、久しぶりに行ってみましょう、「中国料理・新亜飯店」でランチ~♪

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創業は1969(昭和44)年創業、上海で大好評の小籠包を日本で初めて紹介した店として知られている老舗デス。現在主流となっている皮薄目の香港・台湾式のではなくて、皮が厚めで小麦粉100%、正統派の小籠包はココ新亜飯店と目黒のHibusumaくらいでしか食べれません...え? Hibusumaって何かって、むか~し、昔、碑文谷と衾町が合体して碑衾町という...あ、そうではなくてネ、了解しました。目黒は八雲。駅は都立大学にある小ジャレたオリエンタル・カフェHibusumaは日本で上海豫園の小籠包が本家的イメージがあるようですが、その南翔饅頭・長興楼の創業者が修行した店が上海小籠包発祥なのデス。上海市嘉定区南翔鎮にある上海最古の庭園である古猗園(コキエン)、そこにあるレストラン、古猗園餐庁が発祥デス。Hibusumaの料理は台湾菜が主流ですがココの小籠包はその古猗園餐庁から点心師を招聘して提供していうのデス!! 

ココは私の大先輩、高橋良司さんが今も現役で頑張ってマス(^_-)-☆

★ Hibusumaの情報はコチラから

  ・ランチ&古猗園と小籠包 https://ameblo.jp/ks-management/day-20171103.html

  ・ディナー料理内容など   https://china-salon.amebaownd.com/posts/3992290

 

・・・ん?・・・あ、新亜飯店デス、ランチ!!

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さて着座。メニュー拝見して...「豚バラ麺...小籠包、お願いしマス」♪

あ~、懐かしいネ...実は2軒目に努めたお店が大門の近くでした。「廣東料理・蘭花」(閉店)、大門ホテルの直営なのに、ホテルには「中国料理・楓林(フウリン)」が入っていたので近所の北村ビルに入っててネ。その時に勉強で何度か利用してました。

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丁度その頃に「美味しんぼ」で小籠包が取り上げられて、山岡氏が栗田さんに食べ方を教えて、美味しい小籠包を食べに行こうと言って横浜中華街に行って、周大人(シュウターレン)が登場。実はこの周大人のモデルは老舗の聘珍楼元社長である林康弘氏と炎の料理人故周富徳氏の二人なのデス。当時小学館の編集者であった方が栗田さんのモデルで、お二人に取材をして料理や知識、歴史を学んだので外見は林氏で名前は周氏となったのデス。そして栗田さんのモデルは林康弘氏の奥様、淳子マダムなのだそうデス...とまあ、いろいろな思い出や知識が、久しぶりに来た空間で走馬燈のように...「はい、お待たせしました」!

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お~、トロ~っとネぇー...ん、麺が俗にいう日本式麺じゃなくて、コレは中国大陸側で良く見かけるタイプの白太麺...あ~、本場の街場で食べるとホント量だけでコシが無くて駄目だけど、こちらのはちゃ~んとしてマス...スープ、そしてトロミ...豚バラも丹念に見込みで...んん~ン、ウマシー(^_-)-☆

       でた~、ショーロンポー!!♪♪

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上が開いてるタイプで皮厚の上海小籠湯包、当時の豫園で出ていたタイプは今も健在デス。小籠包とは小籠湯包子なのデスが、小籠は小さい籠(カゴ)、解りマスか? そうデス、蒸篭(セイロ)の小さいタイプを意味しマス。そして湯はスープの事で包子は包むモノ。直訳すると「スープを包んだモノを小さい蒸篭で蒸す(この場合は蒸すは省略されていマス)」となりますが、日本語での料理名にはならないですよネ(笑)、それに五文字だと長いので最低限の三文字にして「小籠包(ショーロンポー)」とそのまま呼び名を料理名にしてしまったと、そーゆー事なのデース(^_-)-☆

お、そろそろいーかな♪...え、何がいーかなってデスか? 熱々で食べたい気持ちは解らないでもないデスが、それでは美味しく食べれません。だって、熱すぎて味が解りませんからネ~。なので食べれるであろう熱さまでしばし置いといて適温で食す。え?皮を破ってスープをレンゲに移して最初にスープが抜けたのを食べてからスープを飲むんですか?大きな間違えデス。有名店でそー教わった?...では、なぜわざわざスープを包むのですか?それならば、最初から熱々にしたスープにシューマイ入れても同じでしょ(笑)、口の中でスープが弾けるから旨いんですよ、ショーロンポーは(^_-)-☆

 Syoronro拝借m(__)m

熱々で口に入れるんじゃなくて熱い位まで待つ、そしてかむと弾ける旨さデース!

という事で、皮が破けないようにレンゲに乗せる時が一番大切デス、そして一気に...ホフ、ホフ、ホフ...ウ~...ムグムグ...あー旨い、酢?、黒酢とか? 赤酢、白酢?不要デス。これは慣習の名残りなので...あ~生姜ネ、必要無しデース。不衛生な時代や豚もエサが現代では違いますからネ。せっかく一番美味しい状態なのに味の邪魔をする調味料は基本的に必要ありません。ま、でもココのは大きいし六個入ってっから、一人で全部食べると四個目あたりでしつこくなるので、少し味を変えるためにちょっと付けても良いかも知れません。「自分の好きなように食べる」、これが一番デス...ん~ン、ウマシーですナァ~。

ちなみに山岡氏は上記のようにちゃんとした説明をしているんですが(まぁ、かんだら熱いスープと言ってますが、適温まで待つとホントの旨さになるんだけどネ)、実はこの後に猫舌の方やお子様などが食べる場合は「レンゲの上で皮をかじって」的な説明をしてるんですけど、コレが飲茶という文化を日本に広めた功績が大きい老舗の前出したお店の方々が積極的になぜか広めてしまい、間違った食べ方を正しいと認識してしまっているお客様が結構いらっしゃるのが残念デス。なぜ薄餅に煮凝り上にした肉団子を包むのかをチート考えれば解ると思うんですがネェ~。あ、ちなみに香港・台湾風のは皮に浮き粉やコメ粉などを混ぜて、半発酵させて上海式より薄くてモチっとさせます。そして包み方は上が開いてる状態で、その部分からスープを吸えるようになってマス。そこからだとそんなに熱くなくスープが吸えますし、見た目にも上品。この食べ方がまずあって、それを作れない上海式の点心師が作った小籠包を無理やりに食べるのに皮をカジッてになるんですかネェ~。ココのは上が開いてますが、この中の具が開いた所を塞ぐように盛り上がってるので、開いた所からはスープが吸えません。皮の厚さと形状、そして適温を見極める事が出来れば小籠包のタイプによって美味しい食べ方を使い分ける。ショウロンポー通になるには中々に道が険しいですナァ~(#^.^#)V

ズルズルとホフホフを繰り返してフィニッシュ、

凄ェ~腹一杯になっちゃいました、ご馳走様デース、やはり旨しデス、新亜飯店さん、また参りマース(^_-)-☆

  Dsc_0037 完食!

いやぁ~、王道ですナァ~。そうそう壁にあったメニューには金針菜の炒めとかあったけど値段が出てなかったナァ~(笑)。サービスのお茶はコップなのに暖かいノだったし、横浜中華街では見かける光景だけど、老朽化はしてますけど什器備品などや壁、床がとても清潔でした。古き良き時代が続いている名店なのデスm(__)m
 

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大門から東京タワー、暑さが続いた2018はやっと秋、そして葉が赤染まってきましたネ。さて、向こう側に歩道橋で向こう側に渡って...ン、あ~そうだよ、田村町リトル香港の象徴があそこにあったんだよネ~(^_-)-☆

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リンリンランラン、りゅうえん、リンリンランラン、りゅうえん、留園行って、幸せ食べーよ♪

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子供の頃、コマーシャルで見てて、東京にあるのは知ってたけどどういう建物でどういう料理をだしているのか全然知れませんでした。銚子だしネ(笑)、イメージ的には伊東に行くならハトヤ♪とかホテルみかーづーきー♪とかそんな感じでした...それが、エーーー!

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                なんだ、コレ!!!???

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凄い、凄くないですか、これが高級中国料理『留園』さんだそうデス。なんと300坪ほどの敷地に中国様式の建物で、内装や調度品はそれこそ贅を尽くした豪華さ。レストランホール、宴会場、貴賓室、バーラウンジに広いロビーで800名の収容規模。地下が厨房で上海(北京)、四川、広東、福建料理を提供するため、四つの仕切られた厨房完備。サービススタッフや調理師などで100名以上の従業員で運営されていたのデス!!

創業1960(昭和35)年、オーナーは盛毓度(セイイクド)氏。日本に留学し京大で学ぶが戦争激化で一度帰国し、再来日。銀座で貿易会社を立ち上げ、日中関連の文筆家であり、馬主としても有名で囲碁の普及にも尽力、不動産事業にも手を広げた方デス。

留園とは古都蘇州にある世界文化遺産となっている蘇州古典園林の庭園。盛毓度氏の祖父、清国湖北政史の盛康氏が明代に東園、清代に劉園といわれた由緒あるコノ庭園を手に入れ3年かけて大修復工事完成し『留園』となる。祖父からコノ地を受け継いだのが、中国の産業革命を手掛けた盛宣懐氏。清国末期の大政治家で大将軍の李鴻章氏の幕僚として名を馳せた人物...なんか、凄いノがより凄い事になってますナァ~♪

この凄いレストランで、どんな料理がどのように提供されていたのか、どういうサービスをしていたのでしょうネェ~...へぇ~そうなの、湯川れい子さんって盛毓度氏の秘書をしていた時期があって、ラジオ番組を初めて持った時はスポンサーとして協力...ふ~ん、ア!

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                    ア~、秋ですネェ~♪

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そ~なんだ! 先ほどの新亜飯店さんの創業者は盛毓郵氏で留園の盛毓度氏とは血族、というよりは兄弟という事なんですネェ~♪ どうやら京劇がご趣味で奥様お二人とも東京京劇クラブに参加されていたようですネェ~。実は東京タワーなどなどに関わっている里見甫氏と繋がり深い盛文頤氏という方も盛一族の一人デース(^_-)-☆

★参考資料

http://www.cim.chinesecio.com/hbcms/f/article/info?id=a29292da5be941c0a828f2cb292e1a37

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2018年、芝公園と紅葉散策~、そして盛家の人々が関係した新亜飯店と留園という感じでまとめて...まとまったのかナァ~...まぁ、個人で勝手に行ってるブログですから、自己満足で良しとしましょうネ~(^_-)-☆

 

         中国料理にご興味ある方はコチラもどうぞ!  

        https://ameblo.jp/ks-management/

 

 

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