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2018年12月13日 (木)

北京宮廷料理「銀座・涵梅舫」、野坂裕彦大先輩とたまには一杯~♪

北京宮廷料理「銀座・涵梅舫(カンメイホウ)」さんに初来店!!
 
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    オープン前に到着~、おー並んでお待ち多数デス!
 
以前から行ってみたかったお店でした。オーナーの張慶余氏は日本の大学生として来日し、飲食店に勤務して「正統派の中国料理人を招いて店を出す」という目標を掲げて横浜で独立。
 
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野坂大先輩の朋友、オーナーの張さんと店内はこんな感じ(画像拝借デス) m(__)m
 
その後、お客様からの紹介で東京進出。招聘した料理人は中国を代表する伝統的オールドホテル、首都を代表する北京飯店で多くの国賓を招き、その舌を唸らせていた朱慶東氏を総料理長に招き、念願の「正統派の中国料理人」が作る店を平成10年に赤坂で開業。
  
          味は人を呼び、人は人を呼び寄せる!
 
平成11年、フジTV系「料理の鉄人」で我が日本中国料理調理師協会会長、老舗四川飯店総帥である陳建一氏に勝利したのは現場を仕切っていた料理長の崔玉芬女史で、中国料理退会金賞受賞や昭和天皇の晩餐会などを手掛けるほどの腕前の特級調理師なのだ。多くのグルマン、政財芸能界からは、赤坂というよりは乃木坂に凄い店があるぞ~と、涵梅舫の名は知れ渡っていく。平成12年に名古屋の名鉄グランドホテル店オープン。その後新宿にもカジュアル店を出店。
 
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ちなみに涵梅舫とは

「涵」は水と土地に繋がる水上の橋とも言われ、ここでは中国と日本とを結ぶ架け橋という意味を表している。

「梅」は、梅開三度(梅は三度咲く)という言葉があるように生命力が強く、どんな難関に出会っても乗り越えることを例えている。

また紅梅は北京市の市花で、ここでは北京の宮廷料理を例えており、紅梅の紅は商売繁盛も表している。 

「舫」は水遊びや宴会をしながら歌を聴いたり舞踏を見たりする船のことを言い、中国から一衣帯水の日本に、北京の宮廷料理が船で渡ってくる...という意味だそうデス!
 
 
ご挨拶もそこそこに、早速料理が運ばれてきました。あ、野坂大先輩と張オーナーの関係は赤坂時代からのお知り合いで、広東料理界の大御所旧福臨門総支配人は系統の違う中国料理にも興味深々、噂の赤坂・涵梅舫にうかがい、広東料理とは違う旨さに惹かれて通っていたそうデス。その後...まぁ、その話は置いといて今日は旧知の仲である張オーナーに直接のご予約となりましたm(__)m
 
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うわぁ~、スゲエ! 見て見てコノ花は何でしょう...豆腐、しかも絹漉しデス。切り込みの見事な事...う~ん、貝柱の風味とベースのスープがしっかりとした蒸しスープは染み渡りマス、優しいお味でウマシ~♪
 
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お~、魚ですかネ...ウナギ...あら、臭味無しで...え! キノコじゃないコレ、あ~シイタケだ。スゲーの二連発! この切り方で長さ太さも計算済み、そして当然揚げ方、揚げ具合も...コレが涵梅舫の料理なんですね、感動デス(^_-)-☆
 
そうそう、コチラは無化調、そして調味料も極力使用せずに素材の味を大切にして料理を提供されているそうデス。料理を知り尽くしていなければ出来ない事でしょうナァ~♪
 
             大先輩オススメの料理がコチラ!!
 
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「豚肉と白菜の奶湯(ナイタン)仕立て」登場、定番と言えば定番ですが、スープの良し悪しがモロに出てしまうのがコノ料理。しかも辛味を加えずにシンプルな調理方法だから、余計解ってしまう...からこそですナァ~、豚肉もコノ厚みだからこその旨味、そして白菜の自然な甘み、煮詰まってないけど柔らかく仕上がってマス。美味しいデス、そして優しいんだナァ~。このままでも飽きないんですが、葱と醤油、辣油でタレがあるのでコッチでも食べてみます...ウン、間違いない旨さ...そうすると欲しくなるよネェ...でも白飯ではなくて...あ、出た~(^_-)-☆
 
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欲しかったのデス、チャーハン、しかもシンプルなのが!! ...さっそくコッソリとやっちゃいますが...このチャーハンと奶湯でスープチャーハン♪...あ、やっぱウメエや、ウメエと一人ニヤニヤと喜んでいる(コッソリなので画像無しデース)と視線...いや、先輩旨いデス、一人で楽しんでいるんですから...ん、あ、おんなじ事してました~(^_-)-☆
 
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そして大先輩オススメがこの羽根付き焼き餃子。コレが外はカリカリで中がジューシー、中身も香味野菜を使用して無く、仕上げの油もしっかりと切ってマス。紹興酒に合うんだよネェ~、焼き餃子。でも今日はお酒無しなので我慢...え、ああそうですね、ビールは飲んでました、でもこっから紹興酒となるとお店にも迷惑がかかる可能性がありますから今日はやめときましょう~(#^.^#)V
 
そして上海ヤキソバ、秀逸デス。見て下さい、だいたい油が染み出るんデスが無いでしょ、炒め技術がしっかりしてる証拠デス。手抜き無し、その料理を作る時はこう作るという基本ルーティンがしっかりしているから旨さに繋がりマス。いやぁ~、美味しい料理をありがとうございました~♪
 
 
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デザートはこちらで人気の「里芋とミルク入り巻き揚げ」で、これが甘過ぎずブルベーリーソースと良く合いマス。そして王道系のツルツル「アンニンドウフ」ですっかり満足、ご馳走様でした、またうかがいマース(^_-)-☆
 
こちらの料理人は前出した朱慶東氏を筆頭に、1993年第3回中国料理大会で金メダル、1995年カナダ中華飲食工業国際博覧会で金厨賞、1996年アジアの大厨賞でアジア優秀大厨賞を獲得し、鉄人に白菜対決で勝利した崔玉芬女史。そして1986年世界料理オリンピックで金メダル2個を獲得した張志広氏、元中国北京国際飯店調理長紀文澄氏、1993年第三回中国料理大会で銀メダルを獲得した、元中国北京老舗鴻賓楼調理長何志民氏、中国国家認定点心料理技師、1978年中国料理大会龍鬚麺金メダルを獲得、1988年北京金龍杯料理大会で金龍杯賞を獲得した劉傑氏など現在勤務されているのかは解りませんが、凄い方々が関わっているのデス。その素晴らしいメンバーをまとめているのがオーナーの張慶余氏。その人柄には感服いたしました、これからも美味しい中国本土の料理を日本で楽しませて下さい、ありがとうございました m(__)m

 
さて大先輩、時間がありますから行きましょうか~、という事で昼から銀ブラ。鰻の、とか寿司のとか、銀座はお庭の野坂氏。でも、今は飯系はちょっと...時間がハンパなのでそうしようかなぁ~、あ、ワインバーでハッピーアワー...え、立ち飲み...銀座シックスにそういえば長老がジャスミンさんに...あ、辞めたんですね...でも、大人向けのフードコートがあるんじゃないでしたっけ...はい、じゃあ行って見ましょう!!
 
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...屋上で缶ビールでもって、アレ、フードコートはどこ?...あ~、屋上と考える方が駄目ですね~。さて、どこだろう...あ、六階ですネ~(#^.^#)V
 
  
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野坂裕彦さん、大先輩デス。青森から大学生となって上京。不夜城新宿の摩天楼にその名を轟かせた住友ビル「中国料理・秀山」でこの業界にアルバイトとしてスタート。一説には歌手を目指していたそうだ。今でも路上のシンガーを見かけると気になるようで声が出ていないとギターをとり、熱唱後に「こうやって歌うんだよ」とアドバイスするらしい!(^^)!
 
横浜中華街、陸さんの「大珍楼新館」立ち上げ、そして名店「福臨門(現七福)」の絶頂期の総支配人として日本の広東料理サービス界の中で名を馳せる。その後、日本広東料理界に今も現役として活躍するレジャンド、譚彦彬氏からの依頼で「赤坂離宮」、そして薬膳料理「星福(シンフ-)」で支配人として活躍、和の世界では老舗の料亭「金龍」にて大番頭となり、京都料理の老舗「宮川町・水簾(スイレン)」にて支配人として現在に至る。また、中村うさぎさんの著書「欲望の仕掛人」の中で「高級中華の仕掛人」として登場してマース!
 
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実際には一緒に仕事した事がないのですが、たまに飲むと時には朝まで楽しいお酒をお付き合いさせていただいたりしてマス(最近はさすがに朝まではないですが)。酔っ払いですが、非常に勉強家で凄くためになるお話を頂戴出来る先輩の一人デス。この後はお互いに用事があるので一時間半位でしたが、いろいろお話が出来て楽しかったデス。
 
野坂大先輩、本日はありがとうございました。これからもよろしくお願いいたしマースm(__)m
 
 

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